バイバイ(売買)転売ヤー
あなたは美容室でシャンプーを買ったことがあるだろうか?
いい香りのするシャンプーやトリートメント、いつもよりスタイリングが決まる気がするワックスなど、ついつい欲しくなってしまう。市販されているものより、きっと髪にはいいのだろう。美容室で使っているものと同じワックスを使えば、毎日出かけるのが楽しみになりそうだ。髪型の仕上がりが良いと、ついつい財布の紐も緩んでしまうかもしれない。大型チェーンの美容質に行くと、若い見習いのアシスタントにシャンプーなどの商品を勧められることも少なくない。だが時に、値段を聞いて思わずぎょっとする。あきらかにいつも使っているものよりも高額な場合がある。全く手が出ない値段ではないにしろ、消耗品にしては贅沢な値段だ。よほど気分が乗らない限り、その場で即決するのは難しい。
美容室以外にも高級なシャンプーをたびたび目にする。ギンザシックスでは、ひとつ一万円もするシャンプーが何食わぬ顔で平然と陳列されている。まだ購入している客を見かけたことはないが、しばらく店頭に出ていることを考えるとそれなりに売れるのだろう。一体どのような人が購入するのか興味があるが、自分には到底縁のないシャンプーだ。なんとなく手にとって見ることはあるが、店員にいくら説明をされてもレジには持っていこうとは思わない。実際に使用すればさぞかし優雅な気分になれるのだろう。この硬くてゴワゴワした髪も、シルクのように柔らかくなるのかも知れない。だが、先ほどの美容室でのシャンプーと同じく、それほど髪に対して意識のない私は、このような高価なシャンプーをきっと購入することなないだろう。そう思っていた。
ある時、母親に頼まれてネットで買い物をした時のことだ。足が悪く、たまにしかお風呂に入れない祖母のために、髪の毛や体を綺麗にするシャンプーやボディーソープに変わる商品を探していた。その時、どこかで見たことのあるシャンプーが画面に飛び込んできた。あの美容室で使っているシャンプーだ。不思議なことに、そのシャンプーの価格は美容室で聞いた値段よりもはるかに安い、ほぼ半額に近い値だった。なぜこんなに安いか疑問も感じたが、探し物と一緒に購入すれば送料が浮くこともあり、ついつい購入してしまった。なんだかんだであのシャンプーが結構気になっていたのだ。それから事あるごとに、送料が浮くと自分に言い聞かせ高価なシャンプーを買うようになっていった。
もう美容室に行っても、新しいシャンプーが欲しくなることはない。可愛いアシスタントにどんなに勧められても、断る理由が出来た。ましてや定価で買うなんて信じられない。私はいつでも半額で買う方法を知っている。なので美容室に行くたび定価でシャンプーを購入している人を見ると、ついつい教えたくなってしまう。半額近い値段で買えますよ?シャンプーひとつの値段でトリートメントも買えますよ?と。
そんな事を思いつつ、何度も美容室に通っているうちに、気軽に話ができる美容師と出会った。その美容師もきっと業務なのであろう、私にお店のシャンプーを購入するように勧めてきた。当然私は断った。断りついでにネットで半額で購入出来ることを教えてあげた。するとその美容師は、それを知っていて、最近のネット通販について嘆いていた。最近ネット通販に流れるお客が増えているらしい。それは美容業界にとって深刻な問題だ。正規のルートで商品が売れなくなってしまっているのだと。シャンプーを製造している美容メーカーも困っており、ネット転売対策のために毎年シャンプーの中身は変えずパッケージを変更したり、商品によっては自社買いをしているらしい。自社買いをしているシャンプーに至っては、ネットパトロールが行われており、商品管理を徹底しているのだそうだ。当然ネットパトロールや自社買いはシャンプーそのものの定価を釣り上げる。損をするのは美容室や消費者だ。
その話を聞いて私は愕然とした。自分の仕事と酷似していたからだ。私はバンドやアイドルのコンサートチケットを取り扱う仕事をしている。コンサートやライブに頻繁に行く方はわかるかもしれないが、一部の転売を目的としたバイヤーによってコンサートチケットが横流しされてしまっている。チケット転売サイトもあるくらいだ。人気アーティストのドーム公演となれば、ファンならば喉から手が出るほど手に入れたいプレミアムチケットである。バイヤーはこのプレミアムチケットをなによりも狙っている。もし手に入れることができれば価格を操作し、転売することで儲けることができるからだ。それを防ぐためにネットチケットや顔認証システムを導入し、チケットが当選した本人しか入場できないシステムを作り上げてきた。これによって不正な業者の介入を防ぐことはできたが、スタッフの増員やシステムの導入により、以前よりもコンサートチケットは値段が上がってしまった。純粋なファンからしたら迷惑な話だ。金儲けのために業者がチケットを入札するので、当選確率は低くなり、当選したとしても以前よりも値段が上がっているのである。結局得をするのは不正業者だけだった。
美容室でも同じことが起きている。唯一違うことは消費者側も得をしてしまうことだけだ。コンサートチケットは定価よりも高値で売買されるが、シャンプーは定価の半値だからだ。しかしこれは長い目で見れば、消費者も損をしているのかもしれない。シャンプーが売れなければ、美容室やメーカーは売り上げが落ちる。美容室の売り上げが落ちれば、最新の薬剤や機械の導入が遅れるかもしれない。サービスの低下にもつながり、最悪お気に入りの美容室がなくなってしまうだろう。メーカーも同様だ。商品が売れなければ、新商品の開発費も得られない。せっかく新商品を開発しても定価よりはるかに安く売りさばかれては赤字になってしまう。結局のところ得をするのは不正介入した業者と、先の読めない消費者だけだ。このことを悟った私はネットでシャンプーを買うことをやめた。
価格にはそれを開発したメーカーや、商品の販売に至るまでの物語が込められている。適正な価格で買うことでその業界に貢献し、将来的にも対価を得るのだろうと思う。これはコンサートチケットやシャンプーに限ったことではない。安値で買うなという意味ではないが、業界外からの介入は業界の将来を脅かすこともある。半額のシャネルは一見魅力的だが、いつでも半額になってしまったシャネルに価値はない。魅力的な商品を提供し続けることでブランドは維持されていくのだろう。そのための資金は我々の財布なのだ。
※このコラムはフィクションであり、実在するものとは一切関係はありません。